1/26(Thu) インターネット
情報技術が発達し、たとえ遠く離れた国にいてもメールやネット電話などで簡単に交信が出来る時代になった。ではベリーズのインターネット事情というと、最近ではDSLでの常時接続が主流である。僕が勤めるMinistryにもity
CouncilにもDSLが引かれており、パソコンを繋げばすぐにネットに接続することが出来る。無線を使っているところもあるらしい。接続速度は128kbps程度?(未確認)で日本のADSLのような超高速ではないが、問題なく使えるレベルである。導入にはモデムやら工事やらで300BZ$(17000円)程度、月々100BZ$と決して安くはないが、自宅にDSLを引いているという隊員も少なくない。僕は電話すら引いていないが。
ただこういった環境が整ってきたのも最近のこと。僕が赴任した2年前はダイヤルアップ接続のみだったので、遅い接続にイライラし、時間を気にしながらの使用だった。大きなファイルなんて送られてこようものならダウンロードが出来ず、サテライト(衛星)接続のネットカフェに行かなければならなかった。今では大抵の情報はネットで手に入り、こうしてホームページも更新できる。ただ協力隊の仲間が派遣されている他の国では、首都に行かなければネットが使えないという所もまだまだ多いらしい。ベリーズ、途上国を感じるところは多々あるが、そう言った面では恵まれている方なのであろう。
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| 洪水により決壊した路肩の復旧 |
川はまだかなり増水している |
洪水により薙ぎ倒されたサトウキビ |
1/25(Wed) 洪水
前日、雨期の終わりにもかかわらず朝から叩き付けるような激しい雨が降り続き、結局一日自宅で仕事をして過ごしたのだが、この雷雨による洪水が起きたと夕方のニュースが報じていた。
雨も大方上がり今朝職場に行くと、その復旧工事を行っていると言うことで同僚と共に現場であるベルモパンからすぐ近くのハイウェイに向かった。詳しい状況を聞くと、夜から降り続いた雨により川が増水し、ハイウェイ下に敷設されたカルバートでは処理しきれず道路上に冠水。膝高さまで水没したハイウェイを通過しようとしたバスとトラックが流され掛け、乗客達は非難、結局一日中ハイウェイは通行止めとなってしまったらしい。ここはベルモパンとベリーズシティを結ぶ唯一のルートであり、この洪水により大きな影響が出たであろうことは容易に想像できる。このような被害は初めてではなく、対策の必要が迫られていたにもかかわらず、これまでなおざりにされていたとのこと。
現場では洪水により決壊した路肩を土砂で埋めるという応急処置が行われ、洪水対策のための橋梁の建設を検討しているようである。しかしこの橋梁、ほぼ現況の高さに設置される予定とのこと。理由はここでも予算不足。この辺りは低地となっており同じ高さに設置したのではあまり意味がないことは誰でも想像でき、嵩上げすべきと話したものの難しいとのこと。インフラ整備には膨大な費用がかかるが、これを捻出できず結局付け焼き刃的な対策のみを施して、被害を根本的に防げないと言うのが途上国の本質的な問題である。
1/21(Sat)〜22(Sun) キーカーカー
週末キーカーカーへ。もう行くこともないだろうと思っていたが、イギリス人Andrewから誘われ英語の勉強になるかなと思い一緒することに。メンバーはイギリスのボランティア団体「World
Wide Challange」から派遣されているボランティアたちと総勢10人。
土曜の朝ベルモパンは一面雲に覆われどうなるかと心配したが、ボートに乗ってキーに着くと抜けるような青空。金曜から入っていた彼らと合流し、バレーボールをしたり、桟橋でボーっとしたり、夜は観光客でごった返すバーに行って、踊りまくったりと楽しんだ。ただネイティブスピーカーの英語はとても早く聞き取れない。訛っているもののゆっくり話されるクレオール英語にすっかり慣れきってしまっている。何度か聞き直してようやく理解できたり、彼らの会話のペースに全くついていけなかったりと、これ以上ない勉強の機会というか、かなりハードな週末となった。
ベリーズではイギリスや日本からだけでなく、アメリカ、台湾、ナイジェリアと様々な国からのボランティアが活動している。学生から年配者までと年齢も幅広く、分野や個性もそれぞれバラエティに富んでおり、またボランティアとして母国を離れて生活することの苦労や楽しみなどを共有することが出来る。英語を学び、また彼らの話からそれぞれの国の魅力を聞けるのが、ここで生活する楽しみの一つである。
1/20(Fri) 情報収集
今日は本来の配属先であるMinistry of Worksへ。現在政府の財政難でほとんどプロジェクトが稼働していないため仕事らしい仕事はないが、そのお陰かゆっくり同僚と話が出来るので、情報を得るため市役所の仕事の合間を縫って時々顔を出している。その中でも後輩の建築隊員も所属しているArchitecture Sectionの人達はみな優しく、いつでも温かく迎えてくれる。そして昨秋パナマの大学を卒業し、その後ベリーズに戻ってこのsectionの長を勤めているナタリーは、大学で都市計画も学んだこともあり何かと仕事の相談に乗ってくれている。
現在、帰国を控えてベリーズのインフラ整備の状況を纏めようとしているのだが、協力が得られずほとんど進んでいない。この状況をナタリーに話すと、その場で都市計画、電力、上下水道に関わる部署に連絡を入れてくれ、「質問をまとめてFAXしてみて」とのこと。これまでいろいろな人に協力を求めたもののほとんどが生返事だけであったが、彼女は僕の調査に興味を持ってくれており、非常に協力的である。早速質問状を作成し、各所に送ることにした。
明るく、建設的な考えを持つ彼女であるが、怠惰な民族性、腐敗した政治、無秩序な開発などベリーズの現状を憂いている。僕と同じように都市計画を任されている立場なのだが、情報もなく、サポートも得られず、とベリーズ人である彼女でさえも悩みは同じらしい。それでも周りに流されず、状況を改善していこうという彼女の姿勢は何よりも大切であり、僕にとっては心強いサポートである。これからも協力を得ながら調査を進め、今後に繋がるような資料を取り纏めることを目標にやっていこう。
1/19(Thu) ジョブトレーニング
先週からジョブトレーニングと言うことで、近くの高校に通うダルウィンが職場に来ている。ベリーズでは毎年この時期、卒業を控えた4thフォームの学生が実際の職場を経験するため各職場に派遣される。期間は概ね一ヶ月弱と短いが、彼らにとっては社会を経験できる貴重な機会である。とは言っても、まだ高校生。職場で暇を持て余せば、空いてるパソコンでネットしたり、携帯電話をいじったりしている。
せっかくなので今日は彼を連れて現場へ。舗装が剥げ掛かった交差点の修復のため舗装を再度敷設する面積の計測を依頼されていたのだが、図面すらないので現場で測量して図面を起こすところから始めなければならず、ちょうど人手を必要としていた。暇そうにしていた彼と共に巻き尺を持って自転車で現場に行き、測量を開始。と言っても、方法は至って原始的。彼をある基準点に立たせ、いくつかの主要なポイントへの長さを計測し、それを元にパソコンで平面図を作成。こんな大まかで良いのかと思うが、お金も機材も時間もないのでこれ以外に方法はない。それでもほとんど現場に出て仕事をした経験のない彼は、とても楽しそうに手伝ってくれていた。
卒業後は、土木を学ぶために地元の大学に進学したいという彼。ぜひ頑張って立派な技術者になって欲しいものである。
1/17(Tue) セレブ
今日は健康診断の日となっていたが、帰国目前の僕らは対象外。各任地への移動日となっていたので、所用を済ませベルモパンに戻ろうと思っていたら朝電話が。以前一緒に食事をしたことがある友人の台湾夫婦からで、良かったら食事でもどう?とお誘い。ぜひと言うことで、台湾大使館に勤める彼女の昼休みに、台湾から来ている母親含め4人でランチ。
行ったお店は、一ヶ月前にオープンしたというレストラン「Celebrity」。なんともゴージャスな名前のこのお店、場所は現在開発の進んでいる中央銀行の隣、門にはドアマンが立つかなり素敵な雰囲気。実は前夜、総会後ここで食事をと思ったが、かなり値が張りそうなので断念していた。店内もなかなかセンスが良く、僕はパスタをオーダー。味もなかなか上々で、友人達もポークチョップなど満足のようだったが、やはりベリーズ、量が半端じゃなくみんな120%満腹。。。
夫婦はとても日本に興味があるようで、話題は専ら日本のこと。すでに知っている情報は台湾で人気の日本のドラマかららしく、「やまとなでしこ」「GoodLuck」「白い巨塔」など僕よりよっぽど詳しい。で、質問されたのが、「日本人はどうして遅くまで働くの?」「なぜ仕事後、居酒屋に行くの?」などなど。なかなか答えに困る質問である。。。
食事と話を楽しみ、帰りに「電車男(全12巻)」のDVDをもらった・・・ちょっとすべて見る余裕は無さそうだが。大変感じのよい夫婦で、アウトドア好きと言うことなので、次は一緒にトレッキングにでも行きましょうと約束し、4日振りのベルモパンへの帰路についた。
隊員総会が開かれた
Chateau Caribbean Hotel
1/16(Mon) 隊員総会
年2回、隊員総会というものが行われる。国内各地で活動する全協力隊員がベリーズシティに集合し、活動状況の報告や必要な議題について話し合われる。会のメインは帰国を間近に控えた隊員の活動報告で、今年6月までに帰国する8名がそれぞれパワーポイントで作成した資料をもとに報告を行った。もちろん4月に帰国する僕もそのうちの1人で、これまで先輩隊員の報告を見てきたのが、いざ自分の番となるといよいよ帰国なのだなと改めて実感する。
各隊員の報告を聞いたが、日頃他の隊員の活動状況を知ること機会が少ないので、それぞれ大変興味深いものであった。特にベリーズは学校隊員が多く、小学校や高校で音楽、美術、コンピュータ、料理などを教える隊員の楽しさや苦労がよく伝わってきた。逆に僕の場合、都市計画や土木など一般に少し分かりにくい内容ではあるので、2年間の省庁での活動がうまく伝わったのであれば良いが。
その他、委員の分担やJOCVとして参加する3月のカヌーレースなど活発に話し合いが進められ、長い一日が終了。しばらく会っていなかった隊員とも顔を合わせることができ、残り期間はこれまでの活動をまとめるという方向で精力を注いでいこうと思う。
1/14(Sat) TOEFL
英語に少しでも興味のある人は、TOEICやTOEFLの名前をご存じでしょう。両方とも英語を母国語としない人の英語力を図るためのこのテストであり、それぞれ企業内での考課や大学留学のために使われる。僕も自身のレベルを図るためTOEICを受けようと思ったが、ベリーズでは受験することは出来ない。TOEFLの方はベリーズで年に一度だけ受けられると言うことを知り、昨年末ネットで申し込みをしておいた。
前夕ベリーズシティ入りし、朝8時、会場となるベリーズシティの大学へ。予定30分前に到着したが、人の姿はチラホラ。結局集まった受験者は約50人ほどで、僕と隣にいたナイジェリア人以外は全て台湾人。改めて台湾人の多さを認識するというか、久々に見るアジア人の団体にしばし圧倒されてしまった。相変わらずベリーズらしくダラダラと準備が始まり、予定を過ぎて試験開始。まずは英作文から。これが僕の最も苦手とするもので、30分間で与えられたトピックに関し自分の意見を述べる。考えもまとまらぬうちにあっと言う間に時間が過ぎ、与えられた用紙の半分も埋めることが出来なかった。引き続き、リスニング、グラマー、リーディングテストを受け、13時に試験終了。
ある程度予想はしていたものの、あまりの出来の悪さに自分でもガックリ。特に英作文とリーディングが悲惨であった。一ヶ月後に帰ってくる結果を見るまでもなく現時点での自分の力を知り、改めて勉強しなければという気持ちになったので、帰国後のまたの機会を目標に勉強を継続していこうと思う。
1/13(Fri) チャイニーズフード
今日のランチは気分を変えて、チャイニーズレストランで。ただチャイニーズと言っても、日本で想像する中華料理とは違い、かなりベリージアンテイストにアレンジされている。メインのメニューはフライドライスとチョウメンと呼ばれる焼きそばのようなもので、他にフライドチキンや炒め物などがメニューに並んでいる。
僕がオーダーしたのは、ベリーズ人にも好評のフライドライス&フライドチキン。この名前だけで脂っこそうなこのメニュー、5BZ$(300円)とリーズナブルであるのだが、、、量が尋常ではない。これは何人前なんだ、と思うくらいのケチャップがドップリかかったたライスとチキンがランチボックスめいっぱいに詰められている。食べ始め、ボックスの底が見えかけたくらいですでに満腹。食べ物を残すのは好きではないので頑張って口に放り込むのだが、半分強食べた辺りでギブアップ。異常な膨満感で午後の仕事は動くのでさえきつかった。。。
と言う訳で、味はまあまあなものの一度食べると、もうしばらくは食べる気がしなくなるので、食べるのは1,2ヶ月に一度くらい。エビチリやチンジャオロースなど上品で美味しい中華料理が食べたい。
1/11(Wed) ダンス教室
ダンス教室が始まったと聞き、開始予定の19時にホテル「Bull Frog」へ。バハマ出身のJAPが教えるこの教室は、昨年8月頃まで開かれていたのだが彼の都合でしばらくの間休みになっており、再開を心待ちにしていたものである。彼が教えるのはサルサ、メレンゲ、バチャータなどのラテンダンス。以前からこれらのダンスを習いたいなと思っていたのだが、ベリーズにはクラブやディスコがあり踊る機会はあるものの、ただ音楽に合わせ体を揺らすといった感じや独特のガリフナ音楽が主流なので、サルサなどを踊る機会はほとんど無かった。
教室となるダンスフロアはホテル、レストランに併設されており、食事中の観光客で賑わっていた。時間に集まった生徒は、イギリス人ボランティア、ここに住むアメリカ人とロシア人を含め計7名。基本のステップを教わり、それぞれパートナーを交換しながら、時々ビールで喉を潤いつつ踊ること約1時間半、気持ちよくダンスレッスンを楽しんだ。上達には時間が掛かりそうだが、月4回で25BZ$(1500円)、帰国までみっちりレッスンに励もうと思う。
しかし首都ベルモパン、アメリカ人、ヨーロッパ人、エルサルバドル、ホンジュラス人、中国人などなど人種の坩堝だと思ってはいたが、まさかロシア人までが住んでいるとは思わなかった。彼女らはアメリカ人やイギリス人ともまた違った雰囲気を持っており、ダンスを通じて交流を深めていこう。

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試験会場となったSt. John's College
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| ベルモパンに住むAndrewとEllie |
海ではカイトサーフィンが |
ランチを一緒に |
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