いよいよ明後日4/5、2年間過ごしたベリーズを発つ。明日、このパソコンを含め荷物を日本に発送するので、ベリーズで書く日記もこれが最後である。
ついこの間、このベリーズに来たばかりという気さえして、あっと言う間の2年間であった。だが、今こう思うのは帰国を目前にしているからであろう。3年前、30歳目前、社会人8年目となり、「今の自分に満足しているか」「今後自分はどう生きていきたいか」と考えていた時、ふと飛び込んできた電車の中吊り広告を見て、協力隊OBである先輩の話を聞き、迷わず協力隊に申し込んだ。派遣前、駒ヶ根での3ヶ月間の訓練を通じベリーズでのボランティア活動のイメージを思い描いたが、実際の活動では思うようにいかないことがほとんどだったように思う。当初描いていた理想と現実の差は大きく、言葉は理解できず、何をすれば良いのか分からず、俺は何のためにここへ来たのだろうと、帰国の日を心待ちにすることさえあった。
それでも、悩み、試行錯誤し、時には辛いことを忘れて思いっきり遊びとしているうちに、徐々に自分のペースを見つけ、同僚との関係も近づき、友達が出来と、ここでの生活を楽しめるようになった。正直言って、ボランティアとしての本題である技術移転という目的の達成度は高いとは言えない。活動環境の多少の善し悪しはあるとは言え、これは自分の技術、コミュニケーション能力の不足によるものが大きく、今後の課題として残るところである。ただ現地の人と共に活動、仕事を行い、その中で彼らの生活、文化などを知り、また日本について伝え、数え切れないほどの経験を得ることが出来た。協力隊への参加によって人間的な成長というものも自分の目標に掲げていたが、どれだけの成長があったかは自分では分からない。ただ自分自身を思い知った。これまでの常識が通じない中で心身共に健康に生活を送ることが出来た。苦境にめげない精神力がついた、かな。溢れるほどの自然を堪能できた。日本人にほとんど知られていないベリーズを知ることが出来た。日本のことを改めて好きになった。もっと日本のことを知りたいと思うようになった。全て、日本にいたら気づけないことばかりであった。そして何よりも数多くの友人が出来た。ベリーズ人、海外からのボランティア達、協力隊の仲間達、彼らと接する中でいろいろなことを学ばせてもらった。彼ら、特にほとんど国から出ることのないベリーズの人達と再会することは難しいかもしれないが、それぞれが貴重な出会いであり、いつまでも消えることのない大事な思い出となるだろう。
2年間の活動を終え日本に帰国するが、この経験を踏まえ今後の生活に生かしていくことが協力隊に参加した意義だと思う。協力隊員として活動を全うしたことに100%満足しているし、今後の人生の中でも忘れられない2年間となるだろう。もし協力隊に興味がある人、今の生活を変えたいと思っている人には、ぜひ挑戦して欲しいと思う。
また、ふと思い立って作ったこのホームページであるが、多くの人に見て頂き、ベリーズでの生活を知ってもらい、「日記読んだよ」という声を頂き、大変嬉しかった。毎日が楽しいことばかりではなかったが、そんな時でも「前向きな気持ちで」と日記を書くことで、自分自身を励ますことも出来た。ベリーズからの更新は今日が最後となるが、帰国後次の目標を見つけ、また自分の感じたことを伝える機会が出来ればと思う。
拙い内容ではありましたが、当ホームページを閲覧頂き本当にありがとうございました。また、この場を借り、2年間支えてくれた皆さん、ありがとう。4/18に日本に帰国します。帰国後、どこでどのような生活を送るかはまだ決まってませんが、お会いできる日を楽しみにしています。

4/3(Mon) ありがとうございました
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| 宿泊したホテル「Banyan Bay」 |
清潔で広いリビングルーム |
中庭の大きなプール |
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| 目の前に広がるビーチ |
絶品の魚貝パスタ |
ディナーを囲んで |
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| 夜ライトアップされたプール |
みんなで記念撮影 |
ベリーズの土産物 |
ベリーズで過ごす最後の週末は、一緒に帰国する同期とサンペドロへ旅行に行くことに。協力隊に入ってからいろいろな人との出会いがあったが、駒ヶ根での派遣前訓練からの付き合いである彼らとは、楽しい時間を共有したり、辛い時に励まし合ったりと、無くてはならない存在であった。また特に仲の良かった同期一名が一身上の理由により途中で帰国してしまったことは非常に残念であり、2年間の活動を全うすることの難しさを知らされた。
所用で来れなかった1名を除き計4名、最後の旅行はリッチにと言うことでホテル「Banyan Bay」へ宿泊した。ここはキッチン付きのリゾートホテルで、サンペドロにある豪華リゾートホテルのうちの一つ。大きなプールで泳いだり、デッキチェアーでノンビリしたり。そして極めつけは料理隊員が作ってくれたパスタ。彼が作った魚貝入りトマトソースのパスタは絶品で、用意した白、赤のワイン、チーズと共に美味しく頂いた。夜は酔いに任せてプールで泳いだり、ジャグジーバスにお湯を貯め2年ぶりのお風呂に浸かったり、3人は寝れるであろうキングサイズベッドでゆっくり眠ったりと贅沢な週末を存分に楽しんだ。
翌日、朝食に美味しいオムレツを食べた後、町にお土産を買いに。これまでお土産を早く買わなければと思ってはいたのだが、ずばり、ベリーズには魅力的なお土産がない。歴史が浅いため伝統品などは少なく、ハバネロソースやマホガニーの家具などを除くとTシャツやアクセサリーなどありきたりな物ばかり。しかもメキシコやグアテマラにもあるようなものがとても高く、選ぶのにはかなり苦労した。それでも家族、友人、自分のためにいくつか選び、ボートに乗ってベリーズシティへ戻った。美しい島サンペドロを最後に気の合う仲間と過ごし、最後の良い思い出を作り、あと残すは帰国のため荷物をまとめるだけである。
4/1(Sat)〜2(Sun) サンペドロ
早起きして部屋の片づけを済ませると、いよいよこの地を離れるのかという実感が沸いてくる。昨夕、同僚から電話で「8時に職場に来い」と言われ、ブレックファストパーティを開いてくれるとのこと。ブレックファストパーティ、人生初の経験である。10数名の同僚が会議室に集まってくれ、用意されたベリーズお決まりのスチュービーンズ&フライドジャックを食べながら、最後の楽しいひとときを過ごした。職場を離れる前に、大変お世話になった建築部を訪れ、友人のマーロンとナタリーに会うと感極まり。。。彼らがいなかったら充実したベルモパンの生活、仕事はなかっただろう。本当に素晴らしい友人達であった。
その後、もう一つの職場である市役所へ。ここでは出向という形でエンジニアリング部の4人のメンバーと共にいくつかのプロジェクトを行った。ちょうど選挙の時期にも当たり、当初は仕事がうまくいかずストレスを感じることもあった。だがみな本当にいい人達で、理解し合えるようになり、ようやく仕事が軌道に乗ってきた頃に帰国。「またいつか会おう」とハグでグッと身体を抱きしめられると込み上げるものを止めることは出来なかった。
別れを惜しみつつ、最後大家さんにお礼を言い、ベリーズシティまで送ってくれるという同僚セグラの車に荷物を載せて出発。見慣れてきた全ての景色がもう見ることは出来ないと思うと、寂しさもひとしお。とても小さな首都ベルモパン、9ヶ月であったがとても素敵な町だった。
ベリーズシティの隊員連絡所に上がってくると、同時に帰る同期5人分の荷物が積まれている。2年間もいたのでそれぞれ思い出も持ち帰る荷物も山のようである。まだ日本に帰るという実感が沸いてこない。ただ5日後にはベリーズ出国、最後のベリーズを楽しもう。
3/31(Fri) さようならベルモパン
昨日今日とベルモパンの知人を訪ねて回った。同期隊員の同僚ホセや語学研修で英語を習ったボール、スペイン語の先生ジョン、お世話になった友人達ともこれでお別れ。でも最後の言葉は「Good-bye」じゃないよ「See
you」だよ、と。お昼には大家のおばあちゃんジョセフィンが作ってくれた美味しいスチュービーンズwithチキンを夫婦と一緒に頂いた。隣に住んでいつも僕のことを気に掛けてくれた彼らのお陰で快適で楽しいベルモパン生活を送ることができた、とても感謝である。
夕方には市役所の同僚がピザをオーダーし、職場でお別れ会を開いてくれた。短い間の活動であまり役に立てなかった気がしていたが、「よく働いてくれて感謝している。これまで各国からのボランティアと一緒に仕事をしてきたが、日本人の仕事のクオリティの高さには感心する」という言葉を頂きとても嬉しかった。
そしてベルモパン最後の夜は、隊員仲間とチャイニーズレストランに行き、チョーメンとフライドチキンをつまみながらビールを一杯。帰りしな、空を見上げると一面満点の星空。こんな美しいベルモパンの夜空を見るのも今日が最後。明日、いよいよベルモパンを発ち、帰国のためベリーズシティへ。
3/30(Thu) 挨拶まわり
お別れの挨拶をするため、活動前半の一年をお世話になったダングリガに向かった。車で一時間半、久々の元同僚達との再会であったが、同期隊員が同じ職場で働いているため、僕が帰国すると言うことをすでに知っており、「ベリージアンギャルは見つけたか?」といつも通りの彼ららしく暖かく迎えてくれた。それでも「お世話になりありがとう」と伝えると、みんな「寂しくなるね」と労いの言葉を掛けてくれ、大変嬉しかった。また僕が作成した町の開発計画の一つである川沿いの駐車場の施工が始まっており、少しは僕も役に立てたようである。自分の未熟さにより活動半ばでこの地を離れることになってしまったが、みんなの優しさを感じ、改めてこの町を好きになった。ただ残念なのが、先の選挙で与党が負けたため、大変お世話になった町長と助役は役場を離れており、お礼を言うことができなかった。もう一つショックだったのが、僕の住んでた家の裏にあったチャイニーズショップの店長が先週末、強盗に銃で撃たれ、現在危篤とのこと。いつもビール買いに行くとニコニコしていた彼、回復を祈ると同時に、犯罪の恐ろしさを感じさせられた。
その後、ベリーズで一番美味しいと思うライスアンドビーンズを食べ、友人達の家を挨拶して回った。配属当時は彼らの言葉がほとんど分からず、ストレスを感じることが屡々だったが、今回はいろいろ話す事ができ、彼らそれぞれの人柄の良さを十分に感じることが出来た。みんな「私たちはどこにも行かないから、また遊びに来てね」と口を揃えて言ってくれ、ぜひいつかまた訪れたい場所の一つである。
後ろ髪を引かれつつベルモパンに戻り、体調不良にめげず、最後の友人達とのテニス。最近は週2で部活のように彼らとテニスをしており、お陰でかなり上達した。日本に戻ってテニスをすることがあれば、きっと彼らを思い出すだろう。お別れ、お別れの毎日である。
3/28(Tue) ダングリガ

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