こちらでは土曜日も仕事。週一の休みである今日は、こちらに住む友人夫婦達とレンタカーを借りて、日帰り旅行。コロンボはごみごみとして落ち着かないが、南の海岸沿いには素敵なリゾートホテルが点在しており、今日は1時間ほど行ったところにあるブルーウォーターホテルを利用。デイユースで2500円と他のホテルに比べ若干割高だけど、施設内はスリランカとは思えないくらい落ち着いた佇まいで、ビーチに面して大きなプールも整備されている。今日の目的は、ひたすらのんびり。リクライニングチェアに腰を下ろし、持ってきた本をひたすら読み、暑くなってきたらプールで一泳ぎ。ここはランチも上々との噂で、ビュッフェレストランには、前菜、サラダ、肉、魚、鉄板焼きなどがずらりと並んでいる。コロンボ生活ではこんなご馳走にお目にかかることはそうないのだけど、僕はホテルで出るスリランカカレーが大好きで、ついこの期に及んでカレーに手が伸びてしまう。
結局、午後も読書とうたた寝をしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。スリランカのメジャーな観光地というと、どこもコロンボからだいぶ離れているのだが、日帰りでこうしてリフレッシュできる場所があるというのもスリランカの魅力の1つである。
9/21(Sun) 近場のリゾート
スリランカで35回目の誕生日を迎えた。四捨五入すると40歳、30代後半と思うと、一つ階段のぼったなぁと言う気が。今日は人知れず一つ歳を重ねるか、と思っていたら、事務所の秘書がパスポートを見て誕生日に気づいたらしく、上司が昼食を用意して、スリランカ人、フィリピン人、日本人の事務所スタッフに囲まれランチバースディを楽しんだ。夜は、ちょうど出張で来ているベリーズ協力隊の後輩隊員とホテルのバーで再会。彼とはまだ短い付き合いだけど、3カ国で会うというのも不思議な気分。酒にも弱くなってきたのかビール3杯ですっかり酔ってしまった。
思いの外、賑やかな誕生日を満喫。どこから見ても「いい歳」で、独身というと「えっ」といわれる歳になってきたけど、まだまだこれからです。
9/12(Fri) 里帰り
毎年、誕生月である9月に健康診断を受けており、今日がその日になる。しかし、、、12年目になる今年は大きく違う。なぜなら35歳以上は成人病検診のため午前中に実施され、胃のX線検査が追加されているのである。検診会場となっている千駄ヶ谷の健保施設には、これまでと違い年配の人が多く集まっている。身体検査、採決、心電図などを淡々と終えた後、いよいよ胃の検査である。部屋に入り大規模な機械に乗せられた後、人生初のバリウムである。発泡剤に続いて、生ぬるい白濁で微妙にヨーグルト味がついた液体を口に含むと・・・まずい。それでも大きなカップ一杯分を吐き気をこらえながら飲み干した後、乗っている機械が上下左右に動き出す。ぐるぐる体を回されながら、約10分間、吐き気とゲップを耐えきった。
予想通り不味くてきつかった、と思ったがその後も辛かった。汚い話になるが、下剤を飲んで夕方真っ白なバリウム便を出したが、どうも出し切れていなかったらしく、翌日まで腹が痛い。どうやら当日十分に水分を取っていなかったようで、一晩経って胃の中で固まってきたらしい。夕方全てを出し切るのを確認するまで、胃痛と尻の痛さで大変だった。バリウムは飲むのも辛いけど、事後も気をつけましょう。
9/6(Sat)〜9/7(Sun) 伊豆旅行
帰国してから1週間、ほとんどゆっくりする時間はないまま、今日スリランカへ出発。どっちが家か分からなくなりそうだ。移動に丸一日かかるので結構きついが、最初帰れない予定だったので、1週間だけでも帰れるのはうれしい。今回はバンコク経由なので、バンコクで現地に住む元上司と同僚と会って、タイスキを堪能。タイ料理、安くて美味しい上、最近は店も綺麗である。3時間ほどのバンコク滞在を楽しんだ後、夜の便でスリランカへ、今回は2ヶ月の予定で慣れたコロンボなので、のんびりやっていこう。
9/9(Tue) バリウム
9/30(Wed) 病院
9/17(Wed) アラフォー
贅沢なブルーウォーターホテル
 |
 |
 |
| 津波後、日本の援助で架けられた橋梁 |
途中、謎の家屋が・・・ |
サーフポイントとしても有名なアルガンベイ |

トップページヘもどる

前の日記へ
過去の日記
こちらに来てからまだ10日程だが、3食家で食事、出歩けば犬に追われるし、読む本も尽きてきた、さすがに暇だ。ということで、プロジェクトの対象区間を見るという口実(もちろん来たからには一度は走りたいと思っていたが全長100kmもある)で、朝から車に乗って南へ向かった。上司は腰の重い人なので、もちろん一人きり。プロジェクト区間の先さらに走ると綺麗なビーチがあるというので、そこを目的地に出発。ひたすら一本道を走ると、モスリムの町、ヒンドゥの町が点在しており、それぞれ独特の雰囲気を作り出している。それでもどれも途上国の田舎町、要はくたびれたという感じで、特に目に止まるものもない。津波復興のために日本の援助で架けられた橋梁を通った後は、集落もなくなり、次第に路面の凹凸もひどくなってきて、うとうとしていると車が跳ねた弾みで頭を窓にぶつける、幅も一車線になり、対向車と正面衝突するのではと冷や冷やと、乗っているだけでクタクタ。そんな状態も1時間以上続き、こんなんならもう帰ろうかと思い始めた頃、沿道にサーフィンの看板を掲げたゲストハウスとその奥に綺麗なビーチが見えてきた。出発から3時間、スリランカでも有名なアルガンベイに到着。
早速ビーチに出ると、たくさんの人が泳いでいるが、よく見るとスリランカ人ばかり。スリランカ人は服を着たまま泳ぐ人が多いので、何とも見苦しい。サーフポイントととしても有名であるが、ここも津波の被害を大きく受けたようで、以前は多く見られたという外国人観光客も、数えるほどのサーファーの姿を見るくらいだった。サーフィンにも惹かれたが、あまり時間もないので、砂浜に腰を下ろしのんびり読書・・・、と思ったら、日本人が珍しいのか、周りの目はこちらに釘づけ。そのうち、子供たちは寄ってくるわ、水くれとか、何の本読んでいるんだ?とか、海から上がってきたびしょ濡れのオヤジが目の前に座り”君と話したい”と熱い視線を送ってきたりと、もううんざり。結局1時間ほどした後、ランチにカレーを食べ、また同じ悪路を通って、上司の待つ我が家へ戻った頃にはただ徒労感だけが残った。。。噂のアルガンベイ、綺麗ではあったが、こんな疲れるなら、このプロジェクトが終わるまで、つまり道路整備が完了するまでは、来ることはないだろう。身をもってこのプロジェクトの重要性を再認識させられた一日だった。ここでの一番の楽しみが終わってしまった、あとは帰国まで頑張る?耐える?のみである
スリランカ入りしてから間もなく、親指の付け根に痛みが。特にひねったり、突き指をした記憶はないのだが、右手だけに、何かを掴むとき、字を書くとき、ドアを開けるときなどなど、不便を感じる。すぐに引くだろうと思っていたが、2週間近く経っても、痛みは増すばかりなので、秘書の薦めもあって、近くのナワロカ病院で診てもらうことにした。以前ここには何度か来たことがあるが、一応コロンボで1,2の規模でありながら、さすがスリランカ、あまり清潔感があるとは言えない。ただ、ここには日本人対応という人がいるので、彼を通じて受け付け、VIPルームらしき個室で診察待ち。病院は多くの人でごった返しているせいか、結局1時間ほど待って診察室へ。白衣も着ていないサラリーマン風の医者は、痛みのある患部をなでて、他愛もない質問をされ、レントゲンとらないのかと聞いても、ノープロブレムとの返事。5分ほどで診察は終わり、鎮痛剤と思われる飲み薬と塗り薬を処方された。納得いかぬまま、その後薬を服用したが、一向によくなる気配もなし。秘書には、もう一度行ってみたら、と言うが、また高い診察料と無駄に時間を過ごすだけと思うと、我慢して帰国まで待った方がまし。
病院にはもちろん病気を治してもらうために行くのだが、大したことはないという安心感を得るという面もあるように思う。日本の医者が必ずしも一番とも思わないが、言葉が十分に通じない相手ではどうしてもそういった安心感は得られにくい。健康での問題を抱えたとき、やはり海外生活は不便だなと思う。
 |
 |
 |
| バティカロアの町 |
唯一の楽しみ、ライス&カリー |
目の前に広がるラグーン |
8/24(Sun) ビーチリゾート

3週間の赴任が今日で終了し、帰国の途に就く。本当に何もないところだった、でも想うところはたくさんあった。スリランカの遠隔地の危険地帯。一緒に働くローカルスタッフは、技術も経験もなく、いくら話してもこちらの意図はほとんど理解してもらえず、苦悩の毎日。タミルとシンハラ、我々は理解できない民族の壁があり、親しいスタッフも悩みを多く抱える。余暇もすることがなく、一度散歩したら野良犬に追いかけ回されるし、通りは砂利道をバイクがひっきりなしに通るので、これも断念し、3週間自分の足で歩いたのは何十分くらいだろう。食事は、上司に気を遣いながら不味い日本食を淡々と食べるのみ。強いて言えば、ランチだけはライス&カリーにしてもらってたので、これだけが楽しみだった。
挙げ句には同居しているコックに金を盗まれた・・・。彼が宝石屋で1万円を両替したとのこと。貧しい彼が円を手に入れる術などなく、不注意で鍵をかけ忘れた僕のスーツケースからくすねたよう。上司と共に、若いコックと、一緒にメイドとして働くその彼女を呼び、英語を話せない彼らのため、秘書が通訳し、事実を問いただす。最初否定していた彼も、泣き出す彼女を見て、長い沈黙の末「やった」と一言。何かの間違いだろうと一縷の希望を持っていただけに、ガックリ。異民族であるタミル地域で、日本人、シンハラ人、一緒に肩を寄せ合って生活をしていた人間に裏切られるのは、失った金額以上に辛い。警察を連れて行くのはだけは勘弁し、荷物をまとめ、その足で田舎に帰っていった。
赴任先にも寄るが、首都から離れた僻地に行くことも多く、友人達と会い、美味しいご飯を食べ、何不自由のない日本と比べ、楽しいことなど何一つない。ローカルスタッフと先の見えない議論しているとき、不味いご飯を食べてるとき、夜部屋で読書をしているとき、寝付けない夜に今後の人生を思い描くとき、全ての時間「戦い」だなと思う。では、なぜこんな仕事をするのかと言えば、国際協力、現地の人のためになんて殊勝な気持ちよりも、この逆境を乗り越えてやろう、負けてたまるか、という気持ちが自分の支えであり、喜びである。その結果がローカルに伝わった(と感じられる)瞬間は、やはりこの上なくうれしい。海外が好きと言っても、先進国ではなく、途上国でこそ感じるこの感覚。この気持ちが続く限りは、この仕事を続けていこう。

寿司盛り合わせ、これでたったの2100円。
9/3(Wed) なぜ途上国?
スリランカから帰国し、一日休んだ後、週末は以前から企画していた協力隊ベリーズ隊員仲間との旅行。朝から踊り子号に乗って修善寺へ向かった。修善寺駅近くのスーパーで、東京の他、三重や山中湖から来る仲間と待ち合わせ。東京に住む友人達は数ヶ月に一度顔を合わせているが、三重や山中湖に住んでいる友人とは、日本で会うのは初めてで、ベリーズ以来3年ぶりの再会になる。スーパーで買い出しし、そのまま宿へ。ネットで調べて予約した今夜の宿「ねぎぼうず村」・・・どんなところかと思っていたが、修善寺温泉を過ぎ山中を進んでいくと、かなり怪しげな仏像に囲まれた建物と共に、「さわでぃかっぷ」の看板・・・雰囲気からしてタイを意識しているのは分かるのだが、怪しすぎる。部屋はそこから車で5分ほどの古びた一軒家で、内装もこれまた怪しい。ともあれ、バーベキューで夜ご飯を食べた後は、部屋で久々に再会した仲間達とそれぞれの近況を語り合いつつ飲みまくった。
翌日、いつも通り二日酔い、、、と言うことで修善寺温泉へ。日曜にもかかわらず温泉街は閑散としていたが、やっぱり温泉は気持ちいい。すっかりくつろいだ後は、昼食、ケーブルカーで山登りを楽しみ、清水港へ。ここではお土産を買うつもり、だったのだが、市場を歩きながら新鮮な魚を見ているうちに、みるみる食欲が沸いてきた。昼を食べてそう時間も経っていないのに、食堂で寿司盛り合わせを平らげ、あっという間に楽しい2日間が終わってしまった。
ベリーズから帰って2年以上が過ぎているが、みんな全然変わりないものの、それぞれ先生や警官、英語を使う保母さんなど独自の道を進んでおり、様々な話が聞けて非常に楽しいひとときであった。
10/8(Wed) 意外なとこから
事務所に日本からお客さんが来た。このプロジェクトの概要を知りたいということで、ミーティングスペースで上司が対応。しばらく経って、声がかかったのでそこに加わると、お客さんが「コロンボでのプロジェクトをウェブで検索していたら、このページにヒットしました」と数枚のコピーを出してきた。見た瞬間、えっ・・・、自分のホームページ、まさにこのホームページのコロンボ情報の一枚である。詳細をご存じでしたら、とのことだったので、「私のです」と脂汗をかきながら説明。
業務上書けないことも多いので、基本的に仕事のことは書かないようにしているし、そもそも最近ではほぼ自分の日記代わりに書いているつもりだったので、こんな風に出てくるとちょっとびっくり。大した内容は書いていないので別に問題はないのだけど、こうしてwebに載せている以上、今更ながら至る所で読まれているのだなと実感。
それにしても最近、仕事だけは激動だけど、生活は単調で書くようなこともない。スリランカ、飽き気味。。。
白熱のバレーボールアジアユース大会

次の日記へ
10/14(Tue) ニッポンチャチャチャ
月に一度のポヤデー(満月)。休みが週一なので、すごくうれしい。日中、友人とビーチでテニスやウェイクボードを楽しんだ後、夜、ここコロンボで17歳以下の男子バレーボールアジアユース大会が行われると言うことで、中学から社会人までバレーを続けてきた僕としては、迷わずコロンボ北部にある体育館へ向かった。
この体育館、日本の援助で建てられたそうで予想以上に立派。中からは、聞き慣れたキュッキュッと言うシューズと床のすれる音が聞こえてくる。フルセットまでもつれた中国対台湾戦が終わると、いよいよ日本チームの登場。10チームのリーグ戦で、今夜対戦相手は一番の強敵というイラン。観客席はまばらだが、現地に住む日本人、イラン人それぞれ約30人ほどが陣取り、国旗や鳴り物で観戦。両チームとも高校生とは思えないくらい背が高く、日本選手の中には206cmのプレイヤーも。試合はさすが国際大会、レベルが高く、手に汗握る接戦で、応援もお約束の”ニッポンチャチャチャ”で盛り上がる。熱戦の末、1-3で敗れたものの、なかなかの興奮だった。試合後帰り間際には、監督を務める大浦さん(バレー界じゃ知らない人はいない元全日本裏エース)と立ち話をすることもできて感激。コロンボでバレーの国際大会を見れるなんて思ってもみなかったが、将来の全日本を担う選手達のプレーを見て、青春時代熱中したバレー、帰国したらもう一度プレーしたくなった。体はもう動かないと思うけど。